全国でも数少ないサバニ舟大工 新城康弘の世界

舟大工 新城康弘
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新城康弘師匠との出会い


私がサバニ大工の新城康弘氏を知ったのは、1999年のこと。それまで慣れ親しんだ西表島を離れ、石垣島に住むようになってから間もなくのことでした。
大原でご近所だった安本千夏さんから、今、サバニの本を書くために舟大工の新城康弘氏の取材をしているとの話を伺い興味を持ち、連れて行ってもらったのが最初の出会いだったのです。
以前からサバニ自体は知っても見てもいたが、木造サバニは過去に作られたものであり、今は同じサバニでもFRP船になっている思っていた私にとって、現在でも木造サバニがつくられていると聞き、作っている現場を実際に見てみたかったのだ。
案内してもらった白保の造船場には確かに出来たばかりの木造サバニがおかれていたが、この舟を作ったであろう気難しい職人の姿が見当たらなかったので、近くに居た気のよさそうな笑顔のお爺に話しかけてびっくりした。
たまたま来ていた近所の人と思っていた笑顔のお爺こそ何を隠そう、サバニを作ったご本人、新城康弘その人だったのだ。
一般の人が簡単に出入りできるオープンな工場の片隅で、気さくなお爺が、たった一人で舟を作っている姿にも驚きだったが、サバニつくりを誰かに教わったでもなく、舟大工だった親父の記憶をたどって独学でサバニを作っていると伺って、笑顔の裏にある自信と、肩書きには無頓着だが、ものづくりに対して妥協しない、只者ではないお爺の片鱗に触れた気がした。
その後、新城サバニの注文主でもあり、”イリオモテのターザン”を書いた水田耕平氏とも、ここでゆんたくするようになり、いつしか新城康弘氏は我々の間では、師匠と呼ばれる存在になっていった。
その後、時々、白保の造船場を訪ねては、愛犬太郎(我が家ではシシマルと呼んでいる)を散歩させ、ゆんたくして帰るということを続け10年以上が過ぎ、今に至っている。
この項では舟大工、新城師匠のプロフィールを書こうとしたが、実はあまりよく知らない。
宮古諸島の池間島で生まれ、戦後は石垣島に渡り、遠洋航海の漁船などに乗ったりの海人の生活。奥様を早くに亡くし苦労して子供達を育て上げた後、サバニつくりは比較的、最近、復活させたものだ、ということくらいが私の認識なのだが、その舟作りを見れば、経歴や技術の裏づけに多くの言葉を必要とはしない。
師匠の舟が毎年、座間味と本島間で行われるサバニレースで好成績を収め、数々の賞をもらい、取材を受けてメディアに登場しているので、関心のある方はネットで検索してもらえればと思います。
また師匠のふるさと池間島での生活や新城サバニについては、千夏さんの書いた”潮を開く舟サバニ”がありますので、購入して読んでいただければと思います。新城サバニの製作を詳細に記述した本書は、木造サバニの技術を伝承する上でも未来への貴重な資料といえるでしょう。



舟大工 新城康弘師匠 かく語りき
Yasuhiro Arashiro Wooden Sabani Pruduction in Shiraho Ishigaki Is. Okinawa Japan